くらしをつくる人NOTE

Vol.19
2025.11.27
Vol.19 陶芸家 安藤由香さん

列車の中で決めたこと

順風満帆に見えたアメリカでの生活。永住権の取得を目標に、着実にステップを踏んでいた安藤さんでしたが、一時帰国の折に丹波篠山で出会った一客3,000円の飯碗が、その運命を大きく変えることになります。

安藤さん「勉学に励み、真面目に生きていく流れが、ある時ぷつんと途切れて、アメリカから帰ってくることになったんです」

金子「どんなことがきっかけだったのでしょう」

安藤さん「アメリカに永住することを目標に段取りを進めていたのですが、お爺ちゃんの誕生日にあわせて、1週間だけ日本に帰ったんです。その時、友人に誘われてふらりと立ち寄ったのが、丹波焼の産地でした。今思えば、それがすべての始まりでしたね。日本のものづくりの原風景に出逢って、心から感動したんです。アメリカに持ち帰った手作りの飯碗を使ってみたら、“めっちゃいいやん”ってなって」

金子「(笑)」

安藤さん「大量生産されている食器ではなく、人の手で作られた茶碗で食べるご飯がいかに美味しいかを知ったんです。ちょうど“アメリカに永住したい”という気持ちだけで生きていることに疑問を持ち始めて、息苦しさを感じていた時期だったんです。陶芸との出逢いが“ぴたっと”心の隙間にはまった感じでしたね」

金子「陶芸に興味を持ったのは、丹波焼との出逢いがきっかけだったのですね」

安藤さん「再びアメリカに戻って週末に旅に出たんです。ロサンゼルスから列車で北上してサンタ・バーバラというワイナリーに行って、試飲しまくって、べろべろになったんですね」

金子「(笑)」

安藤さん「今でも覚えているんですけど、その帰りに酔っぱらいながら“これから私は何をしたいのか”を日記に書いたんです。“あれもいいなあ、これもいいなあ”と想いを馳せていた時に、“あ、陶芸や!”って閃いたんです。陶芸であれば、日本人としてのアイデンティティも生かせるし、もしかすると自分はものを作るのが好きかもしれない!って」

金子「おー!」

安藤さん「その翌日に上司に退職願いを出して、一ヵ月後には車やアパートを引き払って、日本に帰ってきました。親に内緒で(笑)」

金子「それはすごい行動力ですね(笑)」

北欧の空の下で

帰国後、京都の訓練校で陶芸を学び、弟子として働いた丹波焼の窯元を無事に卒業。
いよいよ独立というタイミングで東日本大震災が起きました。

再び「陶芸家になる意味」を考え始めた安藤さんは、思い切ってデンマークへ渡ります。

北欧の人々の美しい生き方や、美しい空の色に強く感化されていたその頃、昔からよくしてくださった恩師のような近所のおじさんが大病を患った、という知らせが安藤さんに届きました。

金子「確か、訓練校で学んだ後に、弟子入りされたのですよね?その後すぐに独立されたのでしょうか?」

安藤さん「そのつもりだったのですが、独立しようと決めた矢先に東日本大震災が起こったんです。
こんな時に焼き物を作ったところで、誰も喜んでくれないんじゃないか、この仕事は、人を幸せにしないんじゃないかと考えてしまい…。
陶芸家になることを一度諦めて、デンマークの学校に通うことにしたんです。
自分のことを知っている人がいない場所に行きたいなって思って。一年いるつもりが、半年で帰ってきてしまったんですけどね」

金子「これまた、急展開ですね。どうして帰ることに?」

安藤さん「理由は2つあります。
1つ目は、ものづくりの尊さをデンマークの人たちに気づかせていただいたことです。ものを大切にする姿勢や、純度の高いものづくりへの想いに触れて、“陶芸家になるのもいいかもしれない”と思えるようになったんです。
もう1つは、実家の隣に住んでいるおっちゃんが病気で危ないと聞いて、会いに行きたいと思ったことです。実はそのおっちゃん、すごい人で、テレビの美術を生業にしていたんですが、山下清さんのドラマの貼り絵は、全部そのおっちゃんが作っていたんですよ。」

金子「それは、すごい!」

安藤さん「訓練校に入る時、デッサンの課題があったんです。でも、そんな経験がなかったから、そのおっちゃんに描き方を聞いたんですよ。そうしたら“技術なんていらん”って言われたんです。
続けて、“グーを見たときに、100通りのグーを描けるか?”って聞かれて。
“うまく描こうとしなくていいねん。由香ちゃん、まずはこのグーを100個描いてみっ!”
って言われたんです。それが胸に沁みて…。
とてもお世話になった人だったから、どうしても会いたくなって、帰ることにしたんですよ」

金子「人情深い、安藤さんらしいエピソードですね」

安藤さん「学校の学費も1年分払っていたんですけど半年で返ってきちゃったんです」

金子「アメリカに続き、また急に帰ることに(笑)」

安藤さん「友達も驚いていましたね(笑)。でも陶芸をやるって決めていたのでスパッと帰ってきました」

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家庭と仕事